船 旅

2016年11月29日 11:13

 本日、平成28年11月13日日曜日、上野動物園水上動物園の子供たちの、楽しそうに戯れている声を聴いて、
10歳の私がおおよそ58年前、北海道様似駅の始発駅から、津軽海峡を連絡船に乗船して、上京したときに、
この上野動物園に遊びに来たことを思い出すと同時に、いまこの場所にいることの因縁を感じていました。

 この度、久しぶりに北海道出張をカーフェリーで仙台・苫小牧間を往復利用して、行ってきました。
船旅は、時間が自由に取れ、孤独になれるので、好きな旅です。

 船旅は、25歳くらいの時、洋上大学で、10日間くらい沖縄・香港・フイリピンと往復航路で研修に行ったこともあります。
子供時代に漁師の漁船にも乗船しましたが、朝3時に港を出て、漁を終え帰りが朝方ですが、
寒さと、眠気と、船酔いで大変な経験をしました。

 青函連絡船には、10歳から、何回津軽海峡を乗船したか、数え切れないくらい利用した。
昔の青函連絡船の出航では、紙テープ、銅鑼(ドラ)の音で見送られた。

 今回の、カーフェリーの出航では紙テープはなかったが、銅鑼はあった。
飛行機が自由にない時代は、北海道から、本州(内地)に行く人は、必ずこの青函連絡船を利用したのですが、
紙テープ、銅鑼で見送られて、何処か外国に行く感覚になったのではないでしょうか。

 特に集団就職・進学で初めて内地に行くため乗船した人には、不安だらけで、乗船していたと、
私をふくめて、経験した皆が言います。

 不安は人間ばかりではなく、今までののんびり日高の牧場で育てられ、これから調教されて、
レースに出るサラブレッドも同じです。

 以前親戚の人が、サラブレットを調教師の許に、三泊四日くらいの長旅で日高から内地の関西・関東に届けるため、
貨車に2-3頭を乗せ、人間が付き添って、この津軽海峡を船で輸送したのです。

 その輸送の帰りに、親戚の叔父さんと東京で私と会うことがありました。
現在は、馬匹貨物車で、津軽海峡を船で輸送しているとのことです。

 サラブレッドは、体を横たえることなく、四つ足で立ちぱなしで輸送されます。
サラブレットは、船酔いをすると、大変体力を消耗するため、最短の船旅にしているとのことです。

 今月11月17日に、二歳ジオパーククィーン号牝馬(バトルプラン×アドマイヤパンチ)が、
日高から、津軽海峡を船で輸送されて、茨城県美浦の田中剛厩舎に輸送されました。
祈ることは「無事之名馬」です。

 先日東京国立博物館で「アイヌと琉球」という、ブースがあり、アイヌ民族は、太平洋の親潮に乗り、
イカダの船旅で沖縄に移動したという説明があった。

 東洋人はベーリング海のアリョシャン列島を渡り、アラスカのエスキモー、インデアン、南米のペルー人の先祖も移動は、
船旅であったであろう。

 船旅は人生の出発になります。船は女性名詞であっても、漁船には女を乗せません。
小関丸の、人生航路も荒波に向かって、遭難しないように面舵(おもかじ)いっぱい、取り舵(とりかじ)いっぱい。

 平成28年11月30日
  小関 勝紀
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