はるばる来るべ函館・祝北海道新幹線開通

2016年02月29日 14:13

 ペリーの開港の要求により、幕府は日米和親条約を結び、箱館、下田を開港した。
1854年にペリーは、帆船旗艦の蒸気船「ミシシッピー号」で箱館港に到着した。

 そして、今年春に、いよいよ北海道新幹線が青函トンネルを潜って、開通する函館に到着します。
昔は、「函館」を「箱館」と書きました。

 また船では、咸臨丸が、北海道の木古内町沖の津軽海峡に沈み、今も海中に眠っているとの記事を目にしました。
戊辰戦争を経て北海道開拓使の輸送船になり、移住する旧仙台藩の家臣らを乗せていた、
1871年、木古内町の「サラキ岬」沖で暴風雨が原因で座礁、沈没した。

 間もなく開通する、北海道新幹線が、潜る青函トンネルの出口になる、函館市の手前の町が、木古内町です。
木古内町では、この咸臨丸を生かし歴史学び、来年の北海道新幹線開通には、観光資源とするとの記事でした。

 咸臨丸は、海軍創設を決めた江戸幕府が1857年にオランダの造船所発注完成した船です。
咸臨丸は、勝海舟、福沢諭吉、ジョン万次郎により江戸時代に初めて太平洋を横断して
アメリカに渡った徳川幕府の軍艦である。

 航海には木村喜毅が責任者で、アメリカの測量船フェニモア・クーパー号の船長ジョン・ブルック大尉に
協力してもらっての38日間の横断とのことです。勝海舟は、船酔いでなにもせず、到着したとの記録があるようです。

 また、船では江戸時代後期の廻船業者の高田屋嘉兵衛は箱館が、
拠点であるので様似に寄港した「辰悦丸・しんえつまる」も、箱館港には停泊していたのではないか。

 日本人が海外に盛んに乗り出すように今から六百年前の室町時代には、
船の名前に「丸」をつける船がたくさんあったという。
「丸・まる」は「麿・まろ」が変化したものという説がある。

 もともと、「丸」には、円、球、完全といった意味があるので、船の充実した一生や安全な航海を祈るには
ふさわしい語感がある。人の名前も、「牛若丸」というように愛玩の対象として、
船を可愛がる気持ちの表現として「丸」が好まれたものとある。

 最近は、海上保安庁の船の名前は「丸」を付けないし、
軍艦も「大和」とか、一般の船も「丸」をつけないことが、多くなった。
米国の戦艦は、大統領の名前をつけることが多いようです。

 九にチョンで丸く納めることから、三三七拍子で十になることから、手打ちします。
世の中、手打ちで「丸」く収めたいものです。そして、今年のNHK大河ドラマは、三谷幸喜脚本の「真田丸」ですが、
無事航海してもらいたいものです。

 嵐に向かう小関丸の航海も沈没しないように、船長さん頑張って。

 平成27年 2月29 日
  小関勝紀
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