ソチ冬季オリンビックと日露関係

2014年02月28日 10:28

 2014年2月7日ロシア・ソチで冬季オリンピックが開催された。
開会式に安倍主相がプーチン大統領と北方領土の返還について、話し合いをするとのこと。

 この2月7日は、日本では「北方領土返還の日」である。2月7日は、私の誕生日でもあります。
オリンピック開会式での雪の結晶が、五輪に開かないという、アクシデントがあり、五輪でなく四輪になった。

 北方領土とは、歯舞群島(はぼまい)、色丹島(しこたん)、国後島(くなしり)、択捉島(えとろふ)の四島を指すので、
四島と四輪で、今年秋の日ソ首脳会談で四島返還となるかも。

 日本は、1952年サンフランシスコ平和条約により、1905年ポーツマス条約(日露講和)で獲得した、
樺太の一部と千島列島に対するすべての権利、請求権を放棄した。
しかし、そもそも北方四島は千島列島の中にふくまれていない。

 ソ連は、サンフランシスコ平和条約には署名しておらず、この条約上の権利を主張することができないはずであるが。
私は、ミハイルゴルバチョフの進めた改革ペレストロイカの困窮した時代に、
北方領土を金銭で買い上げればよいと思っていた。ペレストロイカとソ連の崩壊により、ロシアとなった。

 子供の頃、歯舞群島の一つに貝殻島があり、根室半島からわずか3kmの距離にある島だが、
目前で昆布漁師が拿捕されるニュースを見た。
鮭鱒漁でも、拿捕されて船、網を没収され、抑留されて、課徴金まで払って解放されていたのです。

 だから、北海道民は昭和20年7月26日のボッダム宣言の不可侵条約を破って、
ソ連軍が北方四島を侵入占拠したこともあり、ロシア人を「ロスケ野郎」と言う人が多いです。
戦後しばらく、日露漁業交渉で、鮭鱒の漁獲料を協議して、北海道の漁師は鮭鱒漁をしていたが、現在は一切ない。

 江戸時代後期、ロシア船の出没する北辺の島々の開発に邁進し、
日露関係のはざまで数奇な運命をたどった北海の快男児、高田屋嘉兵衛の存在を忘れてはならない。

 司馬遼太郎の「菜の花の沖」に、高田屋嘉兵衛の生涯を克明に描いた雄大なロマン小説がある。
この「菜の花の沖」には、函館、様似、幌泉、厚岸、根室と北海道の地名が数々出てくる。

 アイヌ語の意味の歯舞は、「覆っている氷が退く・小島・そこにある・所」、色丹は「大きな村」、
国後は「黒い島」、択捉島は「岬のある所」という意味の地名です。

 北方領土四島の旧島民を早く返してあげたいものです。
北朝鮮に拉致された日本人も早く日本に返してあげたいものです。

 アイヌ語を由来とする地名の意味を列挙すると、ヌプリ=山、ペッ、ナイ=川、ワッカ=水、ポロ=大きい、
ポン=小さい、ト=湖、沼、ル=道ですが、実際の地名に当てはめてみると、
稚内―冷たい・水の・川、札幌―乾く・大きい・川、登別―水の色の濃い・川、知床―地の・突出部等々。

 アイヌ語は難しく、私には「わっかない・稚内」です。

平成26年2月28日
 小関勝紀
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