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推理小説と歴史小説

2020年05月29日 13:22

GW中に、NHKBSの番組で、再放送でしたが「100分de名著」
という番組での松本清張スペシャルとして、一挙アンコール
放送があり、「砂の器」、「昭和史発掘」、「点と線」、「神々の
乱心」を紹介していて、全部ゆっくりみました。
そうしたら、民営テレビ局で翌日この「点と線」のドラマを偶然
にも見る事が出来ました。
そうしたら、またまたNHKの「新日本紀行」の番組で「松本清張の
鉄道の旅」を見ることが出来、松本清張とテレビ番組が続いた
ので不思議な感がしました。

「点と線」のドラマを見ていて昭和30年頃の時代背景で、九州
行きの「あさかぜ号」、北海道行きの「十和田号」に夜行列車に乗っ
ているシーンが、すごく懐かしいものでした。
駅弁の弁当箱、どびんに入ったお茶、食堂車、直格の板の椅子、
青函連絡船の乗り換えと現在では見られない、懐かしいものでした。

青函連絡船は、歌謡曲にも「涙の連絡船」「津軽海峡冬景色」等、
この「点と線」、また水上勉の「飢餓海峡」にも、乗船する時提出
する乗船名簿者の有無が推理と題材にしたものでした。
この頃の小説は、貧困・差別・欲望といった、苦境に耐え、必死に
もがき、あがく人間を多く描いています。
青函連絡船では、昭和29年9月26日に台風の中、函館から青森
に向けて出港した「洞爺丸」の転覆事故で乗船客の9割の1,155名の
死者を出した災難です。
私が子供時代に乗船する際には、乗船者名を提出、出港時には
銅鑼(ドラ)が鳴り、紙テープで送られ、蛍の光のメロディーが流れ
戦場に行く雰囲気でした。
今は、津軽海峡は「青函トンネル」が完成して、電車で通過します。

私は、10歳の子供時代にまだ🚂蒸気機関車での夜行列車の旅です。
北海道様似駅から十和田号・青函連絡船に乗り36時間を費やして
睡眠不足でフラフラとして東京に着きましたが、その後も何度も上京
しました。
20歳の大学時代には、「西海雲仙号」に乗り長い時間電車で、
九州佐世保に行った時の電車内の風景を思い出しました。
この九州の旅は、1ケ月間周遊券で、当時の国鉄であれば自由に
移動できるチケットです。
佐世保、長崎、五島列島、阿蘇、高千穂、鹿児島、指宿、ついでに
四国徳島により、阿波踊りを見学して大歩危(おおぼけ)、小歩危(こぼけ)
と観光して「たらいうどん」を食べたことも懐かしく思い出しました。
若い時から一人旅・団体旅行で全国各地・北海道も周遊券で回って
おり、座席も対面での他人と向き合うので、その土地の方言・地名・
名産・名物を覚えたので、地方出身者の税務調査官の訛(なま)り・
姓名・人相で出身地を当てます。
だから、時刻表を見るという事は地名も覚えられるし、旅への期待で
ワクワクして見ていました。
「点と線」の犯人は、病床で旅が出来ないので、同じ気持ちで毎日
時刻表を見て、この時間差の列車・連絡船・飛行機でのアリバイを
作り犯行を考えたストーリーでした。

「点と線」は、アリバイ解明が九州、北海道、山陰地方の移動との時間、
時刻表との闘いです。
この当時の蒸気機関車は、エアコンがないから、窓を開けるとトンネル
通過には石炭の燃えカス・煙が入るので窓を閉めて、シュシュポッポと
汽笛を鳴らしながら走る哀愁列車(※1)です。
飛行機はジエット機ではなく、プロペラ機での低空飛行ですので時間
も掛かるし、ガタガタと揺れるものでした。
「砂の器」では島根県木次線「亀嵩駅」が、出てきますがここ亀嵩は、
雲州算盤の名産のところで、私が会計事務所に就職した22歳の時に
この紫檀・黒檀・柘植の材質の手作り算盤で製作者の名前が刻まれ
た算盤を一か月の給料より高い値段ものを購入しました。
この当時は、私は算盤では、足し算引き算はできましたが、掛け算
割り算は出来ませんでした。

私は、ヨーロッパ旅行に飛行機は安価なアエロフロートのロシア機、
列車はユーレルパスという周遊券を購入して、「トーマスクック・
ヨーロッパ鉄道時刻表」を購入してパリ、マユセイユ、ローマ、
ジュネーブ、ローザンヌ、チュウリヒ、チェルマットからアルプス、
ノルマンディー、ドーバー海峡等と貧乏旅行をしたことを懐かしく
思い出しました。言葉もフランス語、ドイツ語、イタリア語で英語も
儘ならなく、宿・列車の予約もなく、フロントで予約して緊張した
旅行でした。
フランスで、「円」を「フラン」にマネーチェンジするため、銀行に
行きましたが、チェンジでなく、エクスチェンジに行くように指示
されても、意味が分からなかったが、チェンジとは後で分かり
ましたがフランス国なので「フラン」を他の国のマネーにチェンジ
することだと納得しました。

大学生の英語の授業でユーリヒ・マリア・レマルク作の「西部戦線
異常なし」(※2)という小説を読んでいたり、映画では「大脱走」
「史上最大の作戦」「ナバロンの要塞」「ローマの休日」「ひまわり」等を
見たりしていましたので、フランスのドーバー海峡付近の「カレー」
という地名は「西部戦線異常なし」に出てくる地名の所で、ナチス
ドイツ軍がカレーで連合軍を待ち受けて対峙していたら、「史上最
大の作戦」の映画のように連合軍が嵐の夜に不意打ちでノルマンディーの
崖地に上陸して勝利して戦局が変わるきっかけとなった場所であることを、
カレー、ノルマンディーの地に行くまで全く知りませんでした。
フランス国側のドーバー海峡に行きたくパリから、北に向かって列車の
乗り込んだのですが、丁度ドーバー海峡のトンネルを掘っていたので、
日本から技術者・作業員が多くいたので、私がその関係者と現地の
タクシーの運転手が勘違いし、作業現場に連れて行かれたりでの
珍道中でした。

「大脱走」の映画では、スティーブマックイーンがアルプスをバイクで
逃亡するシーン、「ローマの休日」の映画でローマ市内を写し出す
シーンで事前に見ていなかったら感動は無かったことでしょう。
幼少の頃にはテレビ番組で「兼高かおる世界の旅という番組」を
見て、大人になったら行くことが出来るように、頑張ろうと思って
いたかはわかりませんが、少しは実現したかもしれません。
少しリッチになった頃、エールフランス航空のファスートクラスで
旅行した時、待合室でピーナッツをかじりながら缶ビールを飲んで
いる、いま話題のカルロス・ゴーンが一人でいましたが、飛行機に
搭乗したら座席が偶然にも隣同士であった事を、しばらく忘れて
いたが、先日突然思い出した。カルロス・ゴーンさんは、日産の
立て直しで、日本に来たことが、話題になった頃でしたので、
すぐ分かりましたが、朝早くパリに着いたら、タクシーでパリの街に
消えて行きました。
この時、宿泊したホテルは全部五つ星ホテルで、パリは「リッツ」、
ベニスは「ダニエル」、ローマは「ハスラー」、ミラノは「サヴォイア」、
フィレンチェは「メディチ」、美術館等と一寸リッチでした。
私は、今まで海外の旅行先は、国ではアメリカ、カナダ、メキシコ、
オーストラリア、ニュージーランド、ベトナム、タイ、フィリピン、香港、
中国、台湾、ウズベキスタン、モンゴル、北朝鮮、樺太、
ヨーロッパ諸国、イギリス、ギリシャ、等で逆に行っていない国は、
南米諸国、スペイン、トルコ、南極、アフリカ諸国ですが、「死」の
ひとり旅に、いつかは必ず行きますので、その前に、早く行かな
ければ後がない年齢になりました。
旅は心の洗濯、旅は心の貯金、旅は道連れ世は情けとか、色々と
ありますので、皆さまも旅に出ましょう。
鉄道の旅から、話題が脱線してしまいました。

※1 哀愁列車  歌詞 三橋美智也
1.惚れて 惚れて
 惚れていながら行く俺に
 旅をせかせるベルの音
 ツライホームに来は来たが
 未練心につまずいて
 落とす涙の哀愁列車
2.燃えて 燃えて
 燃えてすごした湯の宿に
 うしろ髪ひく灯(ひ)がひとつ
 今宵逢瀬(おうせ)を待ちわびる
 君の幸せ祈りつつ
 旅にのがれる哀愁列車
3.泣いて 泣いて
 泣いているのを知らぬげに
 窓は二人を遠くする
 こらえきれずに見返れば
 すがるせつない瞳(め)のように
 星がとぶとぶ哀愁列車
   昔の歌詞は、素晴らしいと思える今日この頃です。
※2西部戦線異常
エーリヒ・マリア・レマルク 作のドイツ文学で映画化もあります。 
Im Westen nichts Neues ドイツ語名
All Quiet on the Westen Front 英語名
 この時代、レマルクの「西部戦線異常なし」原作はドイッ語、
アーサーミラーの「セールスマンの死」(Death 0f a Salesman)、
アントン・チェーホフの「桜の園」(The Cherry Orchard)原作は
ロシア語、アガサ・クリスティーの「ポアロ事件簿」を英語の授業で
読んだ事を思い出しました。
映画化、舞台等と今でも見る事ができます。

令和2年5月31日
  小関勝紀
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