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西暦2002年に、行った国

2018年05月31日 11:08

私は西暦2002年(平成14年)に、北朝鮮、モンゴルと訪問しました。

北朝鮮は、この年の五月のゴールデンウイークを利用して入国しました。 
北朝鮮は外貨稼ぎの目的で、マスゲームの観覧を目玉として、日本人、
アメリカ人、中国人を観光で受け入れたのでした。

飛行機で新潟から、ロシアのウラジオストック経由、平壌に入国しました。

今まさに南北対話の拠点となっている、板門店に行き北側から、南側を
見ました。そして、先日、南北のトップが、お互い握手して国境をわたった
ラインのギリギリまで行きました。

この年には、モンゴルは「モアグリーン税理士の森基金」の派遣で8月に
現地の学生と共同作業で「砂漠に緑」をキャチフレーズにポプラの木、赤
松の木の植樹が目的です。

暑さ、水不足での作業は大変でした。また、国のエネルギー不足で、ホテ
ルの電気のブレカーが飛ぶは、水不足で風呂も満足でなく、食事も合わ
ず大変だったことを思い出しました。

2002年頃は、北朝鮮の拉致事件は、一般的に知られておらず、この年に
小泉政権時に中山恭子さんに引きつられて拉致被害者5人が帰国した事
実を知ったときに驚きでした。

平壌(ピョンヤン)で、マスゲーム、サーカス、地下鉄、広場と観光をして、
平壌から舗装されていない高速道路を利用して38度線にある、板門店
(パンムンジョム)に向かいました。      
板門店の、あの38度線のラインを南北のトップの文在寅(ムンジェイフ)と
金正恩(キムジョンウン)が、共に手を握って渡ったパフォーマンスのあっ
たところです。

私の学生時代に、フフォーククルセダーズという、フォークグルプが「イム
ジン河」という題名の朝鮮半島の民謡を、レコードの発売したところ、発売
禁止となりましたが、イムジン河は38度線を分断している川ということで、
発売禁止は政治的配慮からの出来事でありました。

私はこの「イムジン河」という歌は歌えるし、歌詞も知っていたので、北朝
鮮の添乗員さんと、別れのパーティーでこの「イムジン河」を一緒に歌った
ことを思い出します。

韓国には、昭和47-50年頃、二回観光で行きましたが、この時代は北朝鮮
とは緊迫状態で戒厳令を退いている時代でした。

キャバレーでは、12時には韓国の国旗を振り振り、国歌を皆で歌って終了
し、一斉にタクシーで帰るという時代ですが、日本人の私には娯楽が終わっ
てもこの光景は、驚きました。

また、ゴルフは、キャディーが並んで待って、マンツウーマンでつき、キャ
ディーの食事も負担するというものでした。キーセンパティー、ウォーカヒル
でカジノも解禁されていました。

6月12日のシンガポールでの、米朝首脳会談は開催されるのかは、開催
をしてもらいたいが、現時点では不明です。

今回は、南北米中日露と微妙な時期なので、話はこの辺でスミダ。


平成30年5月31日
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