1月のコラム:「ウズベキスタン」の旅

2010年01月04日 13:30

明けまして、おめでとうございます。今年もよろしく、お願い申し上げます。
この文章は、平成19年5月25日付けの税理会会報「うえ乃」に掲載された、
原文のままです。まだ、コラムで報告していないことに、気づきました。以下

昨年10月に関西から青い国・ウズベキスタン直行便にて旅発ちました。
ウズベキスタンは中央アジアに位置し、ロシア・モンゴル・中国・インドに囲まれ、
近隣諸国にカザフスタン・キルギス・タジキスタン・トゥルクメニスタン・アフガニスタンがある。
ソ連からウズベキスタン共和国として1991年に独立したばかりの国である。
また、紀元前329年アレクサンドロス大王に占領され、チンギスハーンに1220年に破壊され、
ソ連に支配されていたという歴史をもつ国である。
そしてなりよりシルクロードの中間都市として栄え、西洋文化と東洋文化の交じった独特の文化をもつ国でもある。
ここのウズベキスタンの中心都市タシケントがシルクロードの中間点にあたり、物々交換(バザール)として栄えた。
シルクロードとは、中国長安から中央アジアを横断し地中海沿岸まで駱駝で到着するのでなく、
タシケントで物々交換して引き返すと知りました。

このタシケントからさらにインドへの抜け道が出来、この抜け道を経由して、
チベットから仏教が伝わり、タシケント・中国・朝鮮・奈良と日本の仏教伝来に大きな役割を果たしたといわれる。
砂漠の国なので国産品として、綿花があり、世界市場の八割を占め、
ソ連の占領下にあったということで、この農場はコルホーズという集団農場で村人一丸となって
この白い綿花を摘んでいる姿は、ほほえましい景色でした。
綿花摘みは機械化が不可能で、人の手で一個一個摘むとのことでした。

また日本人には友好的で、昨年小泉首相が表敬訪問されたとき、大変歓迎されたことは記憶に新しいことです。
この友好的というのは、日本軍捕虜のシベリアに抑留しきれない25,000人(内800人死亡)くらいが、
このウズベキスタンに捕虜として抑留され、この地にナボイ劇場の建設等で貢献したことに由来するとのことです。
このウズベキスタンに抑留された捕虜の方々は、ほとんど温暖な気候のせいもあり、
日本に帰還できたとのこと。日本人の武士道です。

チベットから仏教が伝わり、仏教国であったが、現在はイスラム教の信者がほとんどで、
イスラム原理主義の過激な思想でテロを行っている者は、この国の神学校の出身者であるとのことです。

平成21年12月31日
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