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70回目の大晦日を迎えて

2018年01月31日 11:07

論語の一部に、「七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず」とあるが、
今年の二月に「古稀」を迎えます。

この頃は、大晦日にテレビ番組の紅白歌合戦も見る事も聞くことなく寝てしまうが、
テレビの除夜の鐘が鳴る番組になると目が覚める。 七十歳となる、心構えとして
大晦日に考えたことです。

論語  子曰(しのたま)わく

志学 吾、十有五にして学に志す

而立 三十にして立つ

不惑 四十にして迷わず

知命 五十にして天命を知る

耳順 六十にして耳に従う

従心 七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず   七十までで八十は無く、
この時代には長寿はいなかったということか。

もし私なりに続けるとしたら、八十にして妥協・妥協と諦めて、九十にしてお迎いを待ち、
百にしておかげ、おかげ感謝する。

ついでに、渋沢栄一のことばです。

「四十、五十は洟垂れ(はなたれ)小僧」

「六十、七十は働き盛り」

「九十になって迎えが来たら」

「百まで待てと追い返せ」

またまた、ついでに 安田善次郎のことば

     「五十、六十は鼻たれ小僧」

     「男盛りは八十、九十」

  またまたまた、ついでに一休宗純のことば

     「六十、七十は、はなたれ小僧」

     「男盛り百から百から」

     「わしも、これからこれから」  男は鼻たれ小僧のようだ。 

除夜の鐘は、108の煩悩を祓うためといわれるが、この頃のゴルフのスコアーは、
ワンラウド108回で終わることが、多くなったので、スコアーを聞かれたら「除夜の鐘」
と同じで煩悩を祓いましたと言います。
また、110回のスコアーは、「百獣の王」と言います。

除夜の鐘を鳴らすのは、「梵鐘・釣鐘」と、「鐘木(しゅもく)」が必要ですが、
48トンの梵鐘を10人かかりで鐘木を動かして鳴らしたことがあります。

山間に荘厳な響きと余韻に漂う仏教的無常観で聞くことが出来ました。
この48トンの梵鐘は、富山県の「老子(おいこ)製作所」が、製作されたもので、
日本の梵鐘の製作の過半数を占めるとのことです。

梵鐘は、御六字といって「南無阿弥陀仏」と唱えながら朝夕6時の二回、
6回鳴らすのが正式と思っています。
朝、寛永寺の六時の鐘の音を聞きながら徘徊しておりますが、6回に
拘らず鳴らすので気になるものですから。

伊勢神宮に行ってきたので、戌年のついでに、伊勢神宮では、「おかげ犬」と
呼ばれた犬の、人形・クッキーがある。江戸時代に八丈島から、
逃亡した囚人は、最後に額に「犬」という字を彫られたとのことです。

伊勢神宮には、神様の乗る馬という、御厩(みうまや)に「神馬(しんめ」」が、
御厩の神馬が二頭います。私の所有の馬は、神馬にはなれないものか。

「お伊勢参らば朝熊(あさま)をかけよ、朝熊かけねば片参り」という言い
伝えがありますが、朝熊山には金剛證寺もお参りするのが正式な
お参りとのことです。
伊勢神宮は、「神道」、金剛證寺は、「仏教」となるので、両方お参り
しなければ、片参りになるからとのこと。

金剛で思い出しましたので、ついでに、世界最古の会社は578年創業の、
「株式会社金剛組」という会社で、聖徳太子によって百済より招かれた
宮大工で、江戸時代に至るまで四天王寺お抱えの建設会社です。

今回も、話が梵鐘、鐘木、おかげ犬、神馬、神道、仏教と色々と飛んでし
まいました。

今年は、「犬死」だけ避けたい。私は、まだまだ鼻たれ小僧です。
古稀だからと、「扱(こ)き使う」のだけは、勘弁してください。

平成30年1月31日

小関勝紀
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